Home / 恋愛 / ルミエールー光の記憶ー / 第35話 「三つの影、ひとつの光」

Share

第35話 「三つの影、ひとつの光」

Author: marimo
last update Last Updated: 2025-11-18 08:12:23

 春を目前にした東京の空は、淡く霞んでいた。

 街角の書店に並んだ最新号のビジネス誌が、ウィンドウ越しに春風を受けてめくれかけている。

 その表紙には、鮮やかな白地に黒い文字が躍っていた。

 『財界の新星・東条玲央──東条コンツェルン、次世代事業への転換戦略』

 ページをめくると、若き経営者の写真。

 端正な横顔、静かな笑み。

 そして、記事の中の一節が目を引いた。

 > 「これからの時代は“単独経営”ではなく“共創”の時代です。

 > 同じ志を持つ企業が手を組むことで、新しい産業が生まれる。」

 その言葉どおり、東条コンツェルンは芹沢グループとの業務提携を発表した。

 両社が描くのは、国内最高峰の複合型リゾート事業。

 舞台は首都近郊、海沿いの広大な敷地――。

 そこに、ホテル・マリーナ・商業施設を融合した都市型リゾートを築くという壮大な計画だった。

 そして今、その構想に“第三の名”が挙がっていた。

 如月グループ。

 芹沢晃と東条玲央が、プライベートラウンジで対面していた。

 窓の外には夜の東京。無数の光が足元に広がる。

 テーブルには赤ワイン。

 そして、二人の男の視線が交わる。

 「このプロジェクトに――如月結衣社長を招きたい。」

 玲央が静かに言った。

 「彼女のビジョンと行動力があれば、リゾートに“魂”が宿る。」

 晃はグラスを揺らしながら、ふっと笑う。

 「結衣か。……あの人なら確かに“芯”がある。見た目よりずっと強い女性だ。」

 そしてワインを一口含み、言葉を継いだ。

 「今も如月とは別件で協業計画を進めている。だったら――いっそ、東条×芹沢×如月でやってみようじゃないか。」

 玲央の目がわずかに光った。

 「三社合同……悪くない。世界でも類を見ない規模になる。ところで――芹沢さんは、如月社長とは?」

 晃は照れたように肩をすくめた。

 「大学時代の後輩だ。今でも“先輩”って呼ばれてる。真面目で、不器用で……だが誰よりも、人を導く力がある。」

 その目に、一瞬の懐かしさが宿った。

 しかし、次の言葉は冷たかった。

 「ただし――副社長はダメだ。」

 玲央が眉を動かす。

 「如月悠真、ですね。」

 「信用できない。ビジネスの現場で、ああいうタイプが最も危険だ。情に流され、判断を誤る。」

 玲央はわず
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • ルミエールー光の記憶ー   第91話

    その頃、東京の外れ――。  古びたアパートの一室。  カーテンの隙間から差し込む春の光が、埃をきらめかせていた。 かつて華やかなファッションで自分を飾り、男たちに追われた女。  芹沢美咲は、今、その部屋で静かに暮らしていた。 鏡の前で髪をとかす手が、少しだけ震えている。  指先に残るのは、かつての感覚――拍手、フラッシュ、そして愛されていた記憶。  けれど、鏡に映るのは、疲れた一人の女の顔。  SNSの画面には、もう更新されないアカウント。  フォロワーは減り、コメント欄は静まり返っていた。  ――もう誰も、自分の名前を呼ばない。 孤独だけが、部屋の中に残っていた。 そんな時、チャイムが鳴った。小さな電子音が、静寂を破る。  美咲は驚いたように顔を上げ、ゆっくりと玄関へ向かった。 ドアを開けると、そこに立っていたのは――悠真だった。 「……悠真……あなたが、来るなんて。」  美咲の声は震えていた。  悠真は何も言わず、手に持っていたコンビニの袋を差し出した。  中には、温かいコーヒーと、小さなチョコレートケーキ。 「甘いもの、好きだったろ。」  懐かしい声。  その優しさが、胸を締めつける。 美咲は俯いたまま、微かに笑った。  「ずるいわね。そういう優しさが、いちばん人を壊すのよ。」  「……壊したのは、俺だ。」  悠真の声は、低く、かすかに震えていた。 「俺は、結衣も、お前も、どちらも傷つけた。でも今は、どちらにも“嘘をつきたくない”。」 その言葉に、美咲は静かに目を伏せた。  沈黙が二人を包む。  やがて、美咲は小さく息を吐いた。 「私ね、もう夢を追うのはやめたの。誰かの愛にすがるより、自分を取り戻したい。」  「それでいい。」  悠真は穏やかに笑った。  「お前が前を向くなら、それで十分だ。」 二人は窓際に腰を下ろした。  コーヒーの湯気が、静かに立ちのぼる。  外では桜が舞っていた。  花びらが風に乗り、窓の隙間から一枚、部屋に舞い込む。 しばらくして、美咲が小さく呟いた。  「ねえ悠真。いつか、私たち……笑って話せる日が来るかな。」  悠真は少しの間、空を見上げてから答えた。  「きっと来るさ。」 「そう……なら、少しだけ信じてみる。」  微笑んだ美咲の横顔に、春の光が柔

  • ルミエールー光の記憶ー   第90話 ― 光の彼方 ―

    季節が変わっていた。  風の匂いも、空の色も、まるで違う国のもののようだった。 海の向こう、南仏・コート・ダジュール。  白い砂浜の向こうには、群青の地中海が果てしなく広がっている。  太陽の光が波の粒を跳ね返し、テラスの白いテーブルクロスを淡く照らしていた。  潮風が結衣の髪を揺らし、遠くに浮かぶヨットの帆がゆったりと風を受けて進んでいく。  喧噪も、疑念も、報道もない。  ここにはただ、波と風の音しか存在しなかった。 東条玲央と結衣は、リゾートホテルのテラスで向かい合って座っていた。  グラスの中では氷が小さく鳴り、白いワインの香りがほんのりと漂う。  政財界の渦を抜け、数々の裏切りと報復をくぐり抜け、ようやく辿り着いた“静寂”。  長い戦いのあとに残ったのは、名誉でも財産でもなく、ただ一人――互いの存在だった。 結衣は潮風に髪をなびかせながら、海の方を見つめていた。  「ここ、好きだわ。」  穏やかな声だった。  「波の音が、心を空っぽにしてくれる。」  その言葉に、玲央は小さく笑った。  「経営者に“空っぽ”なんて言葉、似合わないな。」  そう言って、彼はジャケットのポケットに手を入れた。 「……玲央?」  結衣が首をかしげる。  玲央はゆっくりと立ち上がり、彼女の前に膝をついた。  潮の香りとともに、風がふたりの間を抜けていく。 ポケットから取り出したのは、小さなベルベットの箱。  それを開くと、プラチナの指輪が柔らかな光を放った。  まるでこの海の光を閉じ込めたかのように、静かに、確かに輝いている。 玲央の声は、風よりも静かで、しかし揺るぎなかった。  「結衣。あの日、君を守ると決めた。けれど本当は――君に、守られていたんだ。」 波音が、ふたりの言葉をそっと包む。  遠くでカモメが鳴き、風が一瞬、止まった。 「過去も痛みも全部、君となら受け入れられる。だから、もう一度、俺に未来をくれないか。」  玲央の目は、まっすぐに結衣を見ていた。  その瞳の奥には、長い年月をかけて辿り着いた“安らぎ”と“覚悟”があった。 結衣の瞳に、静かに涙が溢れた。  「……私なんか、もうすでに壊れてるのよ。」  絞り出すように言ったその声は、かすかに震えていた。 玲央は微笑んで、そっと彼女の手を取った。

  • ルミエールー光の記憶ー   第89話

    ――そして数週間後。 都内の超高級ホテル「オーロラ・グランド」。  天井まで届くクリスタルシャンデリアが光を放ち、  壁一面の大型スクリーンには、《三社合同プロジェクト発表会》のロゴが浮かび上がっていた。 【芹沢グループ × 東条コンツェルン × 如月グループ】  ――新ブランド《LUMIÈRE RESORT(ルミエール・リゾート)》始動。 その言葉が照明とともにスクリーンに映し出されると、  会場に集まった報道陣と業界関係者たちからどよめきが起こった。  各グループの首脳陣が一堂に会するのは、創業以来初めてのことだった。 壇上中央には、ホストを務める芹沢晃の姿。  漆黒のタキシードに身を包み、マイクを手に静かに微笑む。 「本日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます。   我々三社は、それぞれ異なる分野で長年信頼を築いてまいりました。   ――そして今日、ひとつの“夢”を共有します。」 背後のスクリーンに映し出されたのは、青く輝く海と、  白砂の上に建つ壮麗な建物――南仏とアジアの融合をテーマにした新たなリゾートの完成予想図だった。 「テーマは、“光と再生”。それは、どんな夜のあとにも、必ず朝が訪れるという希望の象徴です。」 晃の言葉に合わせて、照明がゆっくりと明るくなり、  舞台袖からは二つのシルエットが現れた。 ――東条玲央、そして如月結衣。 玲央はダークネイビーのスーツに、結衣は純白のドレスを纏っていた。  ふたりが並んで歩くと、まるで光と影が一つになるように見えた。  カメラのフラッシュが一斉に弾け、会場がざわめく。 「お二人は今回の共同プロジェクトの中核を担う、“パートナー・ディレクター”です。」  晃が紹介すると、玲央が軽くマイクを取り、低く落ち着いた声で話し始めた。 「リゾートは、ただの“贅沢”ではなく、人が自分自身を取り戻す場所。   仕事に追われる者も、過去に囚われる者も――   ここではもう一度、“生きる意味”を見つけられるようにしたい。」 会場の空気が一変した。  次に、結衣がマイクを受け取る。 「このプロジェクトは、単なる経済連携ではありません。   人と人が再び信頼で結ばれるための、新しいかたちを作る挑戦です。   たとえ痛みを知っていても、もう一度“誰かを信じる勇

  • ルミエールー光の記憶ー   第88話

    春の陽射しが穏やかに差し込む午後、  都内のチャペルに、柔らかな鐘の音が響いた。 白いバージンロードを、純白のドレスに身を包んだ綾香がゆっくりと歩く。  その先で待つのは――かつて如月グループ経理部にいた、俊介。俊介は、綾香との婚約を機に、父親の会社を譲り受け、正式に宮原商事の社長へと就任した。  そして幾多の嵐を乗り越えた二人が、ようやく掴んだ静かな幸福の瞬間だった。 結衣は最前列の席で微笑んでいた。  玲央はその隣に座り、胸元のポケットに白いバラを挿している。  チャペルの天窓から射す光が、まるで祝福のように二人を包んでいた。 「俊、思いっきり泣いてるじゃない。」  結衣がそっと笑うと、玲央が肩をすくめた。  「彼は本当に真面目だ。愛する人を守ることに全力だから。」  「……あなたも、そうよね。」  その言葉に玲央は、目だけで彼女を見た。  ただそれだけで、結衣の心臓は静かに跳ねた。 式の終わり、俊介が花束を掲げて言う。  「――どんな闇も、誰かを想う光には敵わない。僕は、そう信じて生きます。」  その言葉に、参列者の拍手が湧き起こった。 その数日後。  銀座の高層ホテルで開かれた“ビジネス交流会”という名のお見合いパーティー。  主催は、松菱商事の女帝――村瀬恵子。 「晃、また一人で来たの?」  グラスを手にした恵子が、妖艶な笑みを浮かべる。  芹沢晃は白いスーツのまま、静かに微笑んだ。  「ええ。仕事以外で呼ばれるのは、どうにも慣れなくて。」 「相変わらず硬いのね。でも今日はビジネスじゃないわ。   “人生の再建プロジェクト”よ。」  恵子が軽口を叩くと、晃は苦笑した。  「社交辞令も板についてきたようだ。……けど、あなたは変わらない。」  「誉め言葉として受け取っておくわ。」 場内ではシャンパンの泡が弾け、若手経営者たちの笑い声が響いている。  晃は窓際に立ち、夜景を見下ろした。  ――誰かと肩を並べて笑う。そんなことを、もう長いことしていない。 恵子がそっと近づき、彼の横顔を覗いた。  「ねえ晃。あなた、まだ“過去の女”を想ってるの?」  「……どうだろうな。」  晃はグラスを回しながら、静かに答えた。  「守ると決めた人が、ちゃんと幸せを掴んだなら――俺の役目は、終わりだ。」

  • ルミエールー光の記憶ー   第87話 ― 約束の海 ―

    翌日。  薄曇りの空の下、結衣は静かに役所の窓口に立っていた。  白い紙に記された二人の名前。その間に引かれた一本の線が、すべての終わりを告げていた。  ペンを置いた瞬間、胸の奥で小さく何かが崩れた気がした。  ――終わったのだ。 学生の頃から、悠真だけを愛していた。  誰よりも信じ、誰よりもそばにいた。  笑い合った日々も、手を取り合って夢を語った夜も、確かに存在した。  それが、こんな形で幕を下ろすなんて――誰が想像しただろう。 書類を提出し、印鑑を押す音が響く。  受付の職員が淡々と手続きを進める間、結衣はふと窓の外に目をやった。  灰色の雲の切れ間から、一筋の光が差している。  まるで「よく頑張ったね」と誰かが囁くようだった。 「これで……本当に終わりね。」  小さく息を吐き、微笑む。  泣くこともできなかった。ただ、静かにすべてを受け入れるしかなかった。 役所を出て歩道に出た瞬間、スマホが震えた。  画面に表示された名前――東条玲央。  胸の奥がわずかに温かくなる。その夜、港の桟橋。  海風が頬を撫で、遠くで船の汽笛が鳴った。  月が水面に滲み、波が静かに光を揺らしている。 その桟橋の先で、玲央はひとり、手すりにもたれて夜風に吹かれていた。  黒いコートの裾が風に揺れ、彼の端正な顔を月明かりが照らしている。 「玲央さん」  背後から静かな声。  振り返ると、そこに結衣が立っていた。  コートの裾を押さえながら、彼女は柔らかく微笑んでいる。「終わったんですか?」 玲央は端正な顔を少し和らげ、彼女を見つめた。  「ええ。今日、提出してきました。」  結衣はそう言って、海の向こうを見つめた。  「ありがとう。あなたがいてくれたから、勇気が持てました。」 玲央はわずかに目を細め、笑った。  「それなら、僕の存在価値もあったということですね。」 その穏やかな言葉に、結衣の瞳が少し揺れた。  彼の前に歩み寄り、胸にそっと手を置く。  「……ねえ、玲央さん。落ち着いたら、どこか遠くへ行きたいの。」 玲央は問い返すように、穏やかな声で尋ねた。  「どこへ?」 「海が見えるところ。誰も私を知らない場所で、また笑えるように。」  その言葉には、哀しみよりも希望があった。  過去を置き去りにし

  • ルミエールー光の記憶ー   第86話

    夜更け。  静まり返った高層マンションの一室には、外の街灯の光だけが淡く差し込み、壁に長い影を落としていた。かつては二人の帰宅時間に合わせて照明が温かく灯り、キッチンからは味噌汁の匂いが漂っていたはずの空間。今はそのどれもが失われ、まるでここが“誰の家でもない場所”になってしまったかのようだった。 リビングのテーブル。その中央に置かれた一枚の紙が、静寂の中で圧倒的な存在感を放っている。  ――離婚届。  白い紙の上に、結衣の整った署名がすでに記されている。対照的に、隣の欄だけがぽっかりと空白のまま残され、その空白がこの部屋の空虚さをさらに強調していた。 長い沈黙が続いたあと、悠真はゆっくりと顔を上げた。  視線の先には、真正面から彼を見つめる結衣の姿があった。  その目は決意に満ち、しかしどこか遠く、もう夫である自分を映していないようにも見えた。 「……本気、なのか。」 絞り出すような声だった。胸の奥にひっかかった未練をどうにか形にしたものの、言葉の弱さがそのまま彼の迷いと後悔を表していた。 「ええ。」 結衣の返事は短い。だがその短さの裏に、どれほど長い時間悩み続け、葛藤し、張り裂けそうな夜をいくつ越えてきたのかが滲んでいた。 「あなたを責めるつもりはないの。でも、これ以上、私の隣に“形だけの夫”を置くことはできない。」 その言葉は鋭く、しかし優しさを含んでいた。責めていないと言いながら、事実として突きつけられる“形だけの夫”という表現が残酷なくらい現実的だった。 悠真は俯き、唇を強く噛む。  喉がひどく乾いているのに、言葉だけがうまく出てこない。 「慰謝料は……」 「いらないわ。」 結衣はすぐに首を振った。ためらいのない仕草だった。 「代わりに、このマンションをあなたに残す。家具もそのまま。あなたの新しい人生の場所にすればいい。」 彼女にとっては、ここは思い出が深すぎるのだろう。幸せも、痛みも、全部詰まっている。それを置いていくという選択の重さを、悠真はその瞬間に理解した。 「……会社は?」 彼の問いに、結衣はほんの一瞬だけ表情を曇らせる。しかしすぐに元の静かな顔に戻った。 「明日、辞表を出して。正式に受理したら、あなたの退職金もすぐに振り込むわ。ただし――二度と如月の名を使わないで。」 その言葉が落ちた瞬間、悠真

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status